一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

新着細胞生物学用語集(2012-07-05)

TRIOBP
【TRIOBP】
北尻 真一郎
京都大学医学部附属病院耳鼻咽喉科
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アクチン繊維の構造を制御する分子のひとつ。主にTRIOBP-1、TRIOBP-4、TRIOBP-5の3種類が存在する。TRIOBP-1はもともと、低分子量Gタンパク(本用語集を参照)の活性に関わるTrioというGEF(本用語集を参照)の結合相手として同定されたもので、全身で発現しており、その変異マウスは胎生致死である。一方TRIOBP-4やTRIOBP-5は、ヒト遺伝性難聴家系から同定されたものであり、内耳・眼球・神経系での発現が確認されている。つまりTRIOBP-4およびTRIOBP-5に変異があると難聴をきたす訳である。TRIOBP-4はTRIOBP-1と異なり、低分子量Gタンパクが存在しなくても、TRIOBP-4単独でアクチン繊維を束ねる活性を持つ。TRIOBP-4/5のノックアウトマウスでは、有毛細胞の不動毛(本用語集「有毛細胞と難聴」の稿を参照)の根が形成されず、不動毛が変性して難聴を引き起こしていた。不動毛およびその根はアクチン繊維の束で構成されるため、TRIOBPによるアクチン繊維の束化が不動毛の形態維持に必要であり、その機能欠損が難聴の原因と考えられる。
参考文献

有毛細胞と難聴
【Hair cell and deafness 】
北尻 真一郎
京都大学医学部附属病院耳鼻咽喉科
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音などによる振動を電気信号に変換し、神経へ伝える細胞を有毛細胞という。哺乳類、両生類、鳥類、魚類といった脊椎動物全般に加えて、昆虫類にも存在する。以下は哺乳類の音受容に関して述べる。
音は空気の振動であり、これは耳の穴(外耳道)から入って鼓膜を振動させる。鼓膜の振動は耳小骨を経て、内耳へと伝えられる。内耳はリンパ液で満たされており、ここに有毛細胞が存在する。有毛細胞の表面(アピカル面)には不動毛と呼ばれる毛が生えており、音によりリンパ液が振動すると有毛細胞は脱分極する。これは一種のメカノトランスダクションである(本用語集を参照)。有毛細胞は聴神経とシナプスを形成しており、音刺激で生じた脱分極でのシグナルは脳へと伝えられて、音として認知される。
このいずれの箇所が障害されても難聴の原因となるが、音を感知する上での鍵となる構造は有毛細胞の不動毛と考えられている。不動毛を構成する細胞骨格はアクチン繊維の束であり、その意味で上皮細胞の微絨毛や培養細胞のフィロポディアと相同性が高い。不動毛には細胞質へ伸びる根が存在し、これもアクチン束で構成されている。この根が欠損すると不動毛の剛性が下がり、軽い振動刺激でも大きく揺れて変性してしまう。不動毛は音を感知するために揺れ動かなければならないが、根はその機械的ストレスから不動毛や有毛細胞を守っていると考えられる。
この根の知見はTRIOBP(本用語集「TRIOBP」の稿を参照)の解析から得られたものであるが、その端緒はヒト遺伝性難聴家系からTRIOBP遺伝子変異が同定されたことによる。有毛細胞で機能しているミオシン、カドヘリン、プロトカドヘリンなどの分子の大多数は、同様にヒト難聴者のゲノム解析で見出されてきた。聴覚には各分子の厳密な制御が必要なため、他の臓器では異常をきたさないような変異でも難聴をきたすことや、難聴は致死的疾患ではないため、ヒト難聴家系が多く存在するのである。
音という物理的振動を、周波数(音の高さ)や振幅(音の強さ)情報を含めて、しかもミリ秒単位での時間的変化に対応して感知するためには、有毛細胞の形態および神経など周囲の細胞との連携が厳密に制御される必要がある。有毛細胞は上皮細胞としての性格を有し、細胞間接着が非常に発達しているとともに、不動毛の形態は平面内細胞極性(planar cell polarity)を顕著に示す。同時にシナプスを有し、神経系のモデルともなる。有毛細胞で発現している分子の多くは内耳以外にも発現しており、有毛細胞は幅広い生命現象のモデルとして活用できる。
参考文献

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