一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

2016-10-18

佐藤雅彦 (京都府立大学大学院生命環境科学研究科)

私が大隅先生にお会いしたのは、私がまだ修士1年の頃ですから平成元年(1989年)位だったと思います。当時、私は好熱菌のATP合成酵素の研究をメインで行っていた東工大の吉田賢右先生の研究室で、植物の液胞にあるH+-PPaseの生化学的な研究を始めたところでした。好熱菌のラボではじめて植物を扱うということで、誰にもやり方を教えてもらえず、吉田先生に大隅先生を紹介していただき、どんな植物からH+-PPaseを精製したらよいかとか、液胞をどのように精製するかとか、色々とお聞きしに安楽先生の研究室から駒場に助教授で移ったばかりの大隅先生を訪問しました。当時の大隅先生は、酵母の液胞膜から世界ではじめて液胞型H+-ATPaseを単離・精製したことで有名でしたが、大隅先生にお会いしたときは、今回ノーベル賞をとったオートファジーの研究を始めたばかりの頃で、何号館だか忘れましたが、いまはもう取り壊してしまった古い建物の狭い研究室で、プロテアーゼ阻害剤であるPMSF存在下で、酵母を飢餓状態にした時に、液胞内に形成される小胞(オートファジックボディ)が激しく動いている様子を普通の光学顕微鏡で見せて頂きました。その様子は、25年以上たった今でも鮮明に覚えているくらい、印象的な経験でした。

その後、私は植物液胞膜H+-PPaseの生化学的な仕事で学位を取得しましたが、当時は、一種類の酵素の生化学的な性質を調べる研究を続けていくことにあまり熱意を感じられず、酵母を用いて、目で見える生理現象から分子メカニズムを解析していく大隅先生の研究手法が非常に魅力的だったので、大隅先生にお願いして、学術振興会の特別研究員として大隅研で研究させて頂くことになりました。私が、ポスドクとして大隅研に在籍していた頃は、まさにATG(当時はAPG)遺伝子群が単離されたばかりで、APG遺伝子群の塩基配列を解析しているところでした。当時、唯一、配列の相同性から機能が推測できたものがAPG1キナーゼで、それ以外のAPG遺伝子は、すべてno homologyという状態で、現名古屋大学の亀高諭さんが、インターネットでAPG遺伝子をホモロジー検索しては、相同性が全く出ないので、その度にがっかりしていたのが懐かしい思い出です。APG遺伝子にホモロジーがないので、当然、解析は困難を極め、よいジャーナルに論文を出すことも難しく、APG遺伝子を解析していた大隅研のメンバーは、本当に苦労していました。当時の自分も、傍で見ていて、なんで似た遺伝子が全くないのだろうと不思議に思っていて、その遺伝子達の重要性にまったく気が付かなかったのは、先見の明がなさすぎたと言わざるを得ません。もし叶うなら、当時の自分を小一時間しかってやりたい気分です。

結局、私は酵母の研究もオートファジーの研究も行わずに、当時、大隅先生と一緒に仕事をしていた現大阪大学の和田洋さんと酵母の液胞形成に関する遺伝子の一つVAM3の植物ホモログをシロイヌナズナから単離、解析する研究を行いました。この研究がいまの私のメインテーマである植物のメンブレントラフィック関係の研究につながっているのですが、当時は酵母の分子メカニズムを元に植物の分子を解析するようないわゆる逆遺伝学の手法はまだ世界的に一般的ではなく、このあたりの手法を植物科学の分野に導入したことも大隅先生の隠れた業績の一つだと思います。

何かの折に、大隅先生、和田さん、現九州大の松岡健さん、東大の中野明彦先生と飲む機会があって、液胞が単なる細胞のごみ溜や風船のような単なる袋のように扱われているのは全くけしからん。きっと我々で液胞の凄さを無知な連中にわからせてやるというような話で盛り上がったことを覚えています(当時は植物でオルガネラといえば葉緑体やミトコンドリアを意味し、液胞のような単膜系のオルガネラはあまり注目されていませんでした)。今回の大隅先生の受賞や東大中野・上田研や京大・西村いくこ研(非力ながら私も)などでの逆遺伝学的手法を駆使した研究の成果で、その野望もかなりの部分がかなったのではと思います。そういう意味では、大隅先生の今回のノーベル賞はオートファジーの発見ということだけではなく、オートファジー現象も含めて液胞が非常に多くの優れた機能を持っていることにみなさんが注目する機会になればいいなと思います。

私には大隅先生はオートファジーの発見者というよりも液胞の機能を究極まで突き詰めて考えた研究者というふうに思えてなりません。葉緑体とかとは違って顕微鏡で観察すると、ただ大きいだけで中に何もないように見える液胞は、一見全くとらえどころがなく、何がすごいのかまったくわかりませんが、その姿は、やはり一見、茫洋としてとらえどころがない大隅先生のお姿に重なります。大隅先生の研究室には、その時々に綺羅星のような才能をもった人たちが集まり、幾多の素晴らしい仕事をしてゆきました。その成果の集大成が今回のノーベル賞に繋がったのではないかと思いますが、そのような多くのすばらしい才能を包み込む、まるで液胞のような大きな大きな包容力が大隅先生の最大の魅力かもしれません。

2年間の短い期間でしたが、夜明け前の東大駒場時代の大隅研で研究することができたことは、私にとってかけがえのない経験になっています。大隅先生、ノーベル賞生理学医学賞受賞、本当におめでとうございました。


(2016-10-18)

日本細胞生物学会賛助会員