一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

2016-10-11 2016年ノーベル医学生理学賞受賞者 大隅良典博士の業績と人となり

安樂泰宏 (東京大学名誉教授、日本生化学会名誉会員)

大隅先生、ご受賞、おめでとうございます。この日が訪れることを確信しておりました。

大隅博士の研究グループは、細胞が生存するために獲得したタンパク質の誘導分解と分解産物(アミノ酸)の再利用のための仕組みを解明しました。専門的には「オートファジー経路の分子構築と発現制御機構」、特に「オートファゴゾームの発見とオートリソソーム形成を中核とするマクロオートファジー機構」を解き明かした業績が高く評価されました。

1974年、C.de Duve(C. デユ デユーブ)が液胞(リソソーム)の発見と機能の研究によりノーベル医学生理学賞を受賞した当時、古典的なオートファジー研究は「栄養飢餓で亢進する細胞内タンパク質のリソソーム経由の大規模非選択的自己分解」という概念の周辺を生理学的に検討していた段階にありました。

1988年、東京大学教養学部に、たった一人で研究室を立ち上げた大隅博士は、1990年代の初期にかけて、酵母細胞をオートファジーに誘導したときに生じるタンパク質代謝の生化学的変動と液胞の形態構造変化を精細に記述し、それらの動態に関与する遺伝変異を検出し、10種類以上のATG遺伝子群を一挙に同定しました。この3つの異なる次元の解析を同時並列的に進めた研究構想はまさに優れた卓見に基づくものであり、その未知なる領域の実像を捉えようとした複眼的研究展開の成果はまさしく「大隅ロマン」の精髄と讃えられて良いでしょう。世界の多くの研究者はこれらの研究発動を納得づくで受け入れ、新たなオートファジー研究のフロンテイアに参入し、追随することとなりました。単独受賞の栄誉はこの間の実情を雄弁に物語るものでありましょう。

大隅博士の学歴は出色といえます。東京大学教養学部基礎科学科を卒業後、大学院相関理化学研究科に進学し、京都大学大学院理学研究科生物物理専攻および東京大学大学院農学系研究科農芸化学専攻での内地留学を経て、理学博士(東京大学)の学位を取得しました。その後さらに、ロックフェラー大学医学部生化学科でポスドクとしての研究経歴を積み重ね、酵母細胞生物学研究への足場を築き始めました。若く元気な院生・ポスドク時代に、異なる歴史風土・学術文化に触れ、これらを享受するという経験は得難いものでありましょう。一度だけ、私は博士課程在学中の大隅さんの講演を聴いたことがありました。何かが、心の琴線に触れたことを懐かしく思い出します。

大隅博士は「思索のひと」であり、穏やかに訥々と語る語り口が人びとを魅了します。また、「ひとがやらないことを為し、競争を事としない」という信条を実践してきた科学者です。1977年、東京大学理学部植物学教室で液胞研究を開始した当時から、博士の言動は若い学生院生の魂に深く潔く浸透しておりました。博士は、「形を視、その変化を診る」研究者です。1976年、私は東京大学理学部生物学科植物学教室に赴任し、細胞生化学を担当することになりました。大隅博士を細胞生物学の研究開拓者として招き入れ、液胞の構造・機能の研究を実施できたことは、植物学教室にとっても幸運なことでありました。1977年に今一つ不思議な因縁と思わざるを得ない事件が起こりました。シャジクモ液胞の生理学的研究で世界をリードしている田澤仁先生が大阪大学から着任されたことです。2つの研究室のあいだに公私にわたる活発な交流が生まれ、本郷の片隅に液胞研究の牙城が築かれたのです。旗が掲げられ、篝火は焚きあがりました。

大隅博士は、期待通り、そして着実に、光学顕微鏡で酵母の液胞を観察し続け、密度勾配遠心浮上法による高純度液胞膜小胞の調製プロトコルを開発しました。博士によって液胞膜小胞へのアミノ酸およびカルシュウムの能動輸送機構の詳細が次々と解明され、液胞膜V-ATPaseの機能解析が開始されました。実験観察が一段落した折など、研究室から博士の姿が忽然として消えることがしばしばありました。学生たちはこれを「先生の失踪(コーヒー)タイム」と称し、新たな知見、仮説誕生の証と捉えていました。

11年の間、博士との共著の原著論文は22編を数えました(内、14編はJ. Biol.Chem誌)。1988年、博士はすべてのプロトコルを安楽研究室に残し、本郷から駒場の故郷へと立ち戻りました。時は満ち、長年にわたり温めていた未知のフロンテイアへと出航して行ったのです。嗚呼、その意気や善し、単騎駆ける壮志をもって運命を切り開き、その後は基礎生物学研究所に拠って不退転の姿勢を貫いていきました。人々が、科学者たちが未だ叩くことのなかったオートファジーの扉はこうして開かれたのです。この転機を区切りとして、安楽研究室は液胞膜V-ATPaseの構造機能の生化学的研究に傾斜し、蛋白質組継ぎ反応(プロテイン・スプライシング)の発見へと転進していきました。

2004年のノーベル化学賞が「細胞内タンパク質の選別的分解機構:ユビキチン/プロテアソーム系の研究」(A. ハーシュコ、他3名)に授与されたことは、まだわれわれ記憶に新しいところです。ここに、細胞生命の恒常性維持と窒素・エネルギー代謝の動的平衡に関与する2つの独立したタンパク質分解機構が存在すること、その1つの経路「マクロオートファジー」の実像とその意義の解明に関わる研究が日本において胚胎し、大隅博士の優れた先見性と周到な研究展開によって結実したことに衷心からの敬意を表します。

2016年10月10日


(2016-10-11)

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