一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.7 September (1) 研究室のスペースで思うこと

大隅 良典 (基礎生物学研究所)

 最近研究室の引越を経験した。前の研究室は1つものを動かせば,連動して次々に机や機器を動かさざるを得ず,その度に研究室の大々的な模様替えとなったり,壁と机のわずかな空間にものがめでたく収まると思わず拍手が起こるような有り様であった。研究室の床面積は限られているので,いかに上へ上へと空間を有効利用するかが勝負となる。その結果は,段ボール箱や実験機材が積み上げられた乱雑とした暗く汚い実験室が生まれる。引越荷物を全て出し終えてながめた実験室は,実に明るくて広々としたなかなかいい空間であったことを思い知らされた。民間の研究所や最近の国立研究機関などを訪れるとその研究室の居住性の格差には愕然とする。若い人が大学などを敬遠したくなるのも至極当然かも知れない。これは単に美観の問題にとどまらない。あの阪神大震災級の地震に見舞われたらどうなるだろうと多くの大学人は常々感じているに違いない。実際,阪大ではかなりの被害がでたのにごく近くの民間研究所ではほとんど被害がでなかったと聞くと,さもありなんと妙に納得してしまう。最大の地震対策は研究室のスペースに余裕をつくることであろう。

 スペースの狭さは研究にも多大な影響を与えている。実験装置を買いたくても置く場所が現実にないという深刻な事態を生じる。新しい実験系の導入などに対して大きな制約ともなる。また共同研究などを計画しても,たとえ一時的でも実験台がなければとても人を呼べずにあきらめようと思うようになる。最近、大学にも大型の機器が相当に導入されてきている。そこでスペースの問題はさらに深刻な問題となる。機器が入ればますます日常的な研究環境は悪化するという皮肉な結果が生じる。

 最近様々な名目の研究費が大学の研究機関にもたらされて来るようになった。その額は昔なら考えられないような多額の研究費である。一種のサイ工ンスにおけるバブルである。大学の研究費も経常研究費からその多くがプロジェクト的なものに置き換わりつつある。日本の研究室は,講座費で保証されているなどと言うことは今や全くあたらない。既にかなり設備の整っている研究室も相当数に上り,そこでは機器がそれ程研究のネックになっているとは思えない。さらに集中的に次々と新しい機器が導入される。一方では基本的な装置さえないといった研究室との格差が広がりつつある。購入したけれどメインテナンスの費用が全くつかない現在の体制では一研究室では維持できないために自分の研究室の機器は使わずに相変わらず他の研究室に借りに行くなどの笑い話のような深刻な結果が生じてしまう。日本ではいまだに実験機器さえあれば自ずと研究は進むものといった考えがあるように思う。従って大きい研究費を申請しようとすれば大きな実験機器を申請しなければいけないと感じてしまう。

 そこで我々も発想を転換して大学や国立研究機関の研究機器はことに高価なものはリース制に移行してはどうだろうか。勿論、法律上クリアしなければいけない問題があるだろう。私立大学であれば実現性が高ければ積極的に検討してみていただきたい。現に身近なところではコピー機は多くの場合レンタル契約であるし,大型コンピューターもレンタルである。東京都の研究所では実際多くの大型装置がレンタルで運用されていると聞く。そもそも無駄な機器が多すぎる。最近のかなり特殊化した測定装置のたぐいは,恐らく十数年に亘って一つの研究室で継続して使われることは希で数年で使われなくなることの方が多い。研究単位が小さければ有効利用は難しい。

 レンタルであれば必要な時にだけ,しかも最も研究計画に見合った装置を手にすることができる。機器も最上の状態に維持管理される。たとえかなり割高でも短期間ならば高価で一研究室ではとても買えないものも利用できることになる。研究費の申請も××装置×期間レンタル料金となるわけである。多くの機器類がほかの研究室に譲られればまた新しい発見を生むかも知れないのに研究室の一角を占めて眠ってしまうことは大幅に減少するだろう。実験機器はもっと自由に必要な研究者に移管されてしかるべきではないだろうか。現在のようにネットワークで研究室間が交信できる時代に,機器ももっと流動的であって欲しい。スペースの問題は本来建物の建設で解決すべきであろうがそれには随分と時間がかかる。設備の有効利用を兼ねたリース制は少しでも現状の改善になるものと思う。


(1996-09-01)

日本細胞生物学会賛助会員

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