中野 明彦東京大学/理化学研究所
大隅さん、ノーベル生理学医学賞の受賞、おめでとうございます。
いまこの文章を書いているのは2016年10月19日。受賞者の発表が10月3日にあって、TV、新聞等での報道の熱狂が一段落し、皆さんのお祝いの言葉もあちこちで出揃ったかなというところです。大隅さんの受賞について、「細胞生物」にこうして寄稿させていただけるのはとても光栄なこと。とても長いおつき合いをさせていただいてきた私なりの立場から、少し思うところを書いてみようと思います。
大隅さんがノーベル賞の候補、しかも相当上位にいるらしいということはずいぶん前から聞いていました。しかもこの1~2年の受賞ラッシュ。あとはいよいよノーベル賞しかないよね、というのは、単なる期待としてではなく、事情を知る多くの人が当然と思っていたことであり、私も、あとは時間の問題だろうと思っていました。吉森さんや水島さんには、また海外の同業者の皆さんにも申し訳ないですが、たぶん単独受賞だろうなぁというのも予想していました。
発表当日。私はもしも森さんがもらったらコメントする約束を某新聞社としていて、理研の自分のデスクでノーベル財団のサイトをじっと見守っていたんですが、何とその瞬間、ビデオストリーミングエラーで画像がフリーズし、おいおい、と思っているうちに、ラボのポスドクがツィッターで見て飛び込んできて知ったという、やや情けない第一報でした。そうか、やったね、単独ね、やっぱりね、とほくそ笑み、マスコミから連絡が来ないうちに、と携帯を切ってすたこら家に帰ったという次第です。3年前のSchekmanたちの受賞のときは、地下鉄の駅で途中下車して携帯に出て、その後1時間くらい立ちっぱなしで取材攻めに逢い、いろいろ意見や感想を求められたりしたんですが、大隅さんはさすがにお弟子さんもお友達も多いし、東工大が十分に準備していたようで、幸い私のところには取材はあまり来ませんでしたね。
受賞対象になったオートファジーに関する仕事の内容については、もうたっぷりいろいろなところで解説されているでしょうし、大隅さんの講演を直接聞いたことがある人も多いと思いますので、その辺は端折ります。酵母の液胞をひたすら顕微鏡で覗いているうちに気がついたこと、酵母の利点を生かして突然変異体の単離に進み、塚田美樹さんという大学院生のひたすら根気良い観察によってapg1を見つけたこと、など、いくつかの偶然と幸運によって始まったこのオートファジー研究が、比類なく高い独創性を持っていたということだけは、改めて強調しておきたいと思います。
大隅さんって結構あがり症なんですが、さすがにもう受賞慣れし、ノーベル賞にも覚悟ができていたのでしょう。いつもの温厚な笑顔で淡々と感想を述べていたのはなかなか感動的でした。さて、皆さんももちろん気がついていると思いますが、大隅さんのメッセージでとても大事なことが繰り返されています。基礎研究の大切さ、興味に基づき、人がやらないことをやり続けていても、運がよければこういうこともある、と。役に立つと思って始めたわけではない、とも。これは、ノーベル賞取ったら必ず言ってね!と私を含め多くの基礎研究者が大隅さんにお願いし続けていたことで、大隅さんも、もちろんそのつもりだと約束してくれていたことです。
科学技術立国を謳いながら、いまの政府の施策はイノベーション、イノベーションの大合唱で、役に立つ成果が出ない研究には意味がないといわんばかり(実際そうはっきりおっしゃる大臣もいらっしゃいましたね)。山中伸弥さんのiPS細胞だって、もとはと言えば基礎研究だったのに、何の役に立つかというアウトプットばかりが強調されるようになってしまいました。オートファジーだって、免疫やら病気やら、いろんな応用展開が広がっているので、そういうことが強調されて報道されるのはある意味当然なんですが、ここは大隅さんにはぜひ頑張って、すぐ役に立つのではない基礎研究がどんなに大切か言い続けて欲しい。
それから、「東京大学に残っていたら、ここまで研究は広がらなかった」というセンセーショナルな記事が日経新聞に載り、これがまた物議をかもしたというか、おもしろおかしくいろいろなところで引用されていますが、大隅さんの真意は、東大駒場で独立したばかりの小さな助教授研究室時代に比べ、岡崎基生研でいろいろスタッフを増やせ、大きな予算も取れたことが幸運だったということだろうと思います。基生研の環境が幸いしたことをむしろ強調するべきでしょう。東大理学部で大隅さんの後任を引き継いだ私としては、東大の立場としてのメッセージもあり、それは生物科学専攻のホームページにお祝いのエッセイとして掲載させてもらいました。ぜひそちらもご覧ください。
http://www.bs.s.u-tokyo.ac.jp/news/2016nobel.html
まるでVivek Malhotraと私が一緒に受賞したかのような写真が載っていますが(笑)、これは昨年12月の国際生物学賞の受賞式のときのものです。
さて、大分前、大隅さんの何かの賞の受賞記念パーティのときに、みんなが大隅さんを褒め称えるのを聞きながら吉森さんと、少しばらしちゃおうかねぇと話したことがあります。奥様の萬里子さんが、今回の受賞に際しても、「ずぼらで適当な人なんですけど」というようなことを仰っていて、それは、大隅さんを身近でよく知る人はみんな感じていることでしょう。パチンコ好きや自転車でコケて何度も怪我をしたことは結構有名で、知っている人が多いと思いますが、吉森さんや私のレベルで内緒にしていることってもうそんなレベルじゃなくって、吉森さんしか知らないこと、私しか知らないこと、大ネタが満載です。ノーベル賞取ったら少ししゃべっちゃおうか、って2人で密かにニヤニヤしていたのを思い出しますが、やっぱり言えないなぁ(爆)。
実際、本当にいい加減なところもたくさんある人だと思うんですが(笑)、大隅さんの憎めない人柄というか、暖かい人間性が、このノーベル賞という頂点の栄誉を包んでふわふわしているようで、私もうれしい気持ちでいっぱいです。これから受賞式もあり、多忙な毎日が続くでしょうが、もうひと頑張りして日本の基礎研究、細胞生物学研究、酵母研究を牽引していって欲しいと心から願っています。