佐藤 健群馬大学生体調節研究所
「サトケンはなんでも名前を付けるのが好きだなあ」大学4年生の時に教えていただいていた先生に言われたことを今でも覚えている。当時、卒研生だった私はcytochrome P450の野生型と変異タンパク質を酵母で異種発現させて簡易抽出し、活性を測定するという実験を行っていた。いま考えるととてもシンプルな実験だったのだが、酵母を培養して抽出物を簡易精製し、活性測定するといつもタンパクが変性したときに検出される420nmにピークが出てしまうのだ。何度繰り返してもなかなか正常タンパク質の証である450nmにピークが出てくれない。そこで、思い切って精製なしで、酵母抽出物を直接、活性測定するという暴挙に打ってでた。すると、スペクトルがスルスルと450nmのところでピークに達し、その後徐々に低下していった。美しいp450のスペクトルカーブが描かれたのある。「うおー」と調子に乗った私は、勝手にその方法に名前まで付けて卒研発表会で発表までしてしまったのである。今はどうであろうか。実は今でも名前を付けたりするのが好きである。しかし、サイエンスの世界では、何か新しい現象や因子を見つけないと名前を付けられないのである。大学院生の頃はまだよくわかっていない生命現象がたくさんあった気がする。いまや知らない人がいないくらい有名なオートファジー研究もようやく変異株が獲れたぐらいの頃である。私が大学院生の時に取り組んだ小胞体タンパク質の局在化メカニズムなどもほとんどわかっていなかったので、1番最初にその謎を解いてやろうとわくわくしながら実験をしていた気がする。大学院を卒業してから数年して留学のチャンスがやってきた。研究テーマや材料はどうするかなどさんざん悩んだあげく、多細胞生物である線虫C. elegansにおいてはまだあまり研究が進んでいなかったメンブレントラフィックの研究をしようと決心した。とりわけ受精前後の膜動態に興味が涌いた。卵子と精子が受精して新たな生命が誕生する瞬間はとても神秘的で美しい。細胞生物学の醍醐味はやはり観察することにあると思う。それもざっと見るのではなく、じっくり“観る”のである。2年間、研究漬けの日々を送り、ようやく卵母細胞が受精卵に変身する際に細胞内膜系がダイナミックに変化する現象を見つけることができた時はとても興奮したものだ。
近年、科学技術の飛躍的な進歩とともに、細胞の生命機能を支える分子機構がかなり解明されてきている。もう細胞の中に名前を付けられるような新しい現象はないのかもしれないと思うことさえある。しかし、まだまだ未発見の現象(お宝)が眠っているに違いない。最近、これまでほとんど関わりのなかった専門外の研究会や多種多様な生物を題材とする研究会などに参加する機会に恵まれている。すると、すでに解決済みと思われていた問題が実はそうではなかったり、階層の違う研究分野の狭間で実は未解明の大きな問題があることに気づかされることが多い。また、他分野における細胞生物学のニーズの大きさに気づく。自分の研究と雑務に追われると余裕がなくなり、ついつい視野が狭くなってしまいがちだが、やはり異分野交流は重要であると再認識させられる。これからは細胞生物学者が細胞の枠を超えてどんどん発生生物学やその他の分野にも踏み込んでいくことが、細胞生物学の新たな魅力を引き出すのに重要ではないかと感じている。他学会との合同年会などもそういった機会を与えてくれるであろうし、地域内での異分野交流会なども積極的にすべきかと思われる。私も臆せず、異なるフィールドに挑み、いつかかっこいい名前が付けられるような面白い発見をしたいと思っている。