青木 一洋京都大学大学院医学研究科
2014年5月現在、これまでに126もの巻頭言が「細胞生物」に寄稿されており、細胞生物学会のウェブサイトで読むことができます。それら全てを隅から隅まで読み(そんなことをせずに仕事しろ、という突っ込みはスルーします)、独断と偏見で分類してみました。すると、大雑把に以下の9種類に分類できます。多く分類された項目順に並べると(括弧内の数字は分類された巻頭言の数)、
1.自分自身の研究に対する姿勢や体験の紹介(34)
2.細胞生物学会、大会、CSFについて(17)
3.日本の科学、基礎研究、学際研究について(17)
4.大学、大学院教育について(14)
5.若手研究者、女性研究者のキャリアパスについて(14)
6.研究(者)、研究費の評価制度について(10)
7.初等教育や国民との細胞生物学の関わりについて(6)
8.日本と海外、大学と民間といった研究環境の比較(5)
9.その他(9)
となります。また、データをよく見てみると年代ごとに異なるトレンドが見えます。例えば、巻頭言が始まった1989年から1995年までは、「2. 細胞生物学会、大会、CSFについて」の項目が最も多く、事実、細胞生物学会や大会の今後を憂いた巻頭言が目立ちます。一方、2006年から2013年の間に投稿された巻頭言の半分以上は、「1. 自分自身の研究に対する姿勢や体験の紹介」です。これは、細胞生物学会の年次大会で若手最優秀発表賞を授与された若手研究者が巻頭言を書く機会を与えられるようになったことも幾分寄与しているようです(ちなみに、これら若手研究者の巻頭言はすべて「ですます調」なので、この巻頭言も「ですます調」です)。また、巻頭言を書くにあたり、既存の巻頭言を読んで参考にしたと書いてあるものが少なくとも7つあり、やはり考えることは同じということでしょうか。これ以外にも内容に注目してみると興味深い傾向をいくつか見つけることができますが、それは敢えて書きません。年代別の分類数に関してはhttp://goo.gl/01eJRhで公開していますので、興味のある方はご笑覧ください。
さて、私が何を言いたかったのかお気づきでしょうか?実は上の文章で私の研究に対する姿勢を端的に表したつもりです。つまり、この巻頭言も「1. 自分自身の研究に対する姿勢や体験の紹介」に分類されます。客観的に見れば、特に新しい知識や自分の体験、アイデアを述べたわけでもなく、しいて言えば、過去のデータをさらに詳しく分析したということでしょうか。独創性もへったくれもないと怒られそうです。しかし、私はこういうアプローチが今後必要だと真剣に考えているので仕方がありません。私は、癌化に関連する細胞内情報伝達系を定量的にシミュレーションすることを目指して研究しており、反応速度論的なパラメーター(分子の濃度や解離定数、酵素反応速度など)を泥臭く地道に実測しています。福田さんと通ずるものがあるかもしれません(ちなみに、永渕さんの『さん』付け運動に倣って先生方を『さん』付けしています)。こういったコツコツ型の研究は杉本さんが言われた『日本流』バイオロジーに向いていると思っています。
今でも新しい現象や分子、情報伝達経路の発見がトップジャーナルをにぎわせています。それらはサイエンスの前進という意味で非常に重要な成果です。一方で、私は、むしろ古くから知られている分子や現象を今ある技術で定量的に測定し情報を一つずつ積み上げていくボトムアップ的なアプローチもサイエンスの前進にとって大事でないかとも思っています。これまでの経験上、こういった一見地味な研究は、Noveltyを要求するいわゆるトップジャーナルには論文が掲載されにくい(実際、されたことがない。私の実力がないだけかも・・・)ですが、例えばパラメーターを測定した我々の論文は引用回数が多くなる傾向にあることから、こういったコツコツ型研究のニーズはあるようです。また、昨今の生命科学系の論文を眺めてみると、その多くは「0か1」のようなデータの示し方や書き方(AとBの分子が結合するorしないとか)をしています。エディターや査読者からもそのように求められます。情報を単純化することのメリットはあります。ただ単純化の過程で、そぎ落とされる情報が必然的に出てきますし、過剰な単純化を求めるあまり、無理な誇張をしなければいけないときもままあります(例えば研究費の申請書やプレスリリースなど。これは石川さんも別の切り口で書かれています)。また、これはまわりまわって研究不正につながる一因になっているのではないかとも危惧しています。そもそも生命現象の多くは本質的に複雑で曖昧なもの(柳田敏雄さんのソフト的研究)です。それを「0か1」ではなく、その間の数値を「正直に」つまり「定量的に」理解し地道に論文として発表していくことが、私自身がサイエンスを楽しむために必要な研究姿勢のようです。もちろん、これは私を長らく指導してくださっている松田さんの影響を多分に受けたものです。この場を借りてお礼申し上げます。