廣野 雅文東京大学大学院理学系研究科
以前からどうにかならないかと思っているのが、異常に長い大学院前期課程(修士課程)学生の就職活動である。同じ思いの方も多いのではないだろうか。私の周りの修士学生は、1年生の秋から情報収集を始め、内定を得て研究室に戻るのは早くて半年後、遅ければ1年後をすぎることもある。研究をまとめる時間と卒業を控えた空白期間などを考えると、研究に使える時間は非常に限られており、しかもそれがブランクをはさんで2つの時期に分かれる。本人のせいではない部分が大きいので、修了にあたってはこの事情を最大限に考慮しなければならないのだが、これでよいのだろうか、という思いは強い。
ご存じのように、学部新卒予定者の「就活の長期化問題」は以前から話題になっていて、特に最近は経済団体の動きがよく報道されている。修士課程学生についても2年ほど前に、ある大学側組織が企業に対して採用活動を2年次からにするよう要望したことがニュースになった。しかし、企業の姿勢にその後何か変化があったとは聞いていない。2年間しかない修士課程の学生にとってこの問題はとりわけ深刻だと思うのだが、改善は難しいらしい。
異常に長い就活期間がもたらすいくつかの問題のうち特に気になるのは、潜在的な研究者志望の学生の後期課程(博士課程)への進学を阻んでいる可能性である。入学時の学生に聞くと、博士課程へ進学することを決めている者もいるが、多くは修士課程で自分の適性を見極めてから判断したいと答える。実際、これまで指導した学生の中にも、修士課程の途中で博士進学へ進路変更し、その結果、研究者としてすばらしい能力を発揮した者がいる。しかし、入学して半年しかたっていないときに周りが一斉に就職活動を始めたら、たいていの学生は考える間もなく就職を選択してしまうのではないだろうか。
もちろん、単に一人でも多く博士課程に行けばよいと考えているわけではない。大学院時代に研究者を目指す選択肢を考えるチャンスがない、ということが問題だと思うのである。長い不況のために多くの学生が安定志向になっていると言われる中で、細胞生物学という実学ではない学問を目指して入学してくる学生は、この分野の将来のために貴重な財産であろう。彼らに、落ち着いて研究する環境を確保する方策はないものか。無理を承知で言うならば、就職活動は修士課程を修了してから始めることにして、入社は9月頃にしてもらいたい。そうすれば、(蛇足かもしれないが)卒業前に当然のように海外旅行に行くという奇妙な風習もなくなるし、大学院で受けた訓練が多少なりとも評価された上で会社に採用されるという本来の姿に近づくと思うのだが。