一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.30 January - March (1) 質問のスゝメ

倉永英里奈 (東北大学大学院生命科学研究科 組織形成分野)

「三浦研の学生たちはどうしてあんなに質問してくれるの?」
時は2012年、東京で行われたショウジョウバエ研究会の1日目の午後1つめのセッションが終わったあたりの時間に、ショウジョウバエ研究界のレジェンドである遺伝研のH先生に尋ねられました。『三浦研』というのは、倉永が2010年12月まで教員として在籍していた東京大学薬学部の研究室で、教授が三浦正幸先生であるため『三浦研』であり、その研究室の学生は学会や研究会に参加して、質問に立つことが多いという評判でした。倉永は質問を受けた当時、三浦研メンバーではありませんでしたが、三浦研には博士課程~講師まで10年ほど在籍していたのでこの質問を受けたのだと思います。
私は、うーん、と考えて「必ず質問しなさいね、って言ってますからね」と答えました。「いやいや、質問しなさいって言ってもしないでしょ、最近の学生は。」「実は三浦さん、あぁ見えてとんでもなく怖いとか(笑)?」2番目の台詞はH先生のものだったか定かではありませんが、このようなやりとりは他の機会(他の先生から)にもあったように思います。私はもう一度、うーん、と考えたのですが正直なところそれ以上はわからず、答えは保留のままでした。
それから7年の月日が経ち、ようやく答えらしきものにたどり着きましたので、7年越しのH先生への回答、という意味も込めて、この巻頭言に書く決心を致しました。

さて『私なりの答え』に行く前に、『質問のスゝメ』というタイトルに沿った話をさせて頂きます。私が『質問』について考えるようになったのは、講演者としての立場からでした。講演者はプレゼンの準備をするにあたって毎回、その講演のTPOに合わせた話をしようと寝食を惜しんで準備します。そこまでして頑張って準備するのはなぜか? それはわざわざ自分の大事な時間を割いて、自分の講演を聴いてくれる聴衆に応えるために他なりません。つまりTPOというのは、どういう聴衆に対してどういう話をするか、ということがポイントになります。でも実はこれ、すごく難しいです。なぜなら正直、会場に行ってみないとどんな聴衆がいて(やばい、あの先生がいる)(あれ?あの先生がいると思って準備したのにいねーじゃん)、どんな精神状態で(眠そうだなぁ)(あ、内職してる)いるのかなんて分かりません。どんなに準備していっても、会場でだだ滑りすることは、多々、多々、多々、(・・・以下略)あります(泣)。しゃべり倒して講演終わって、「それではフロアから質問どうぞ」と座長が言った後、しーーーーーん、質問が出ない時、あなたはどう思いますか? 「あー質問出なくてよかった」「けしからん聴衆だ!質問の一つも出来ないで理解度が低すぎる」と思う人は置いておいて、私なら以下の理由を考えます。
①内容が理解できない、
②良い質問が思い浮かばない、
③面白くないから聴いていない、
④忖度(時間が押している、聞き逃したかも)
⑤○○○○○(みなさんの考える理由をいれてください)
もう気づいたと思いますが、特に①、③、④は、講演者の工夫次第で何とかなります。つまり、質問が出なかったら講演者は自分のプレゼンを反省し、次回(があれば!?)その反省点を生かしてプレゼンの準備をしたら良いのです。少なくとも私は、自分自身のプレゼンの後にはどんな質問でもしてもらいたいし、どんな質問でも自分へのfeedbackになるから有り難いです。だからこそ、聴衆の立場だった時に、上記の①、③、④が回避されている聴衆への愛が溢れるプレゼンだったならば、なんとか絞り出してでも質問しなきゃと思うようにしています(実際に出来るかどうかは別問題なので、私が質問しなかったからといって該当しなかったということではありません。あしからず。)。難しいことではありますが、①、③、④を意識することで、質問しやすいプレゼンになると思っています。
では②についてはどうでしょうか? どんなに解りやすい、面白いプレゼンをしても、こればっかりは聴衆の意識の問題なので、回避するのは難しいですよね。ここで本書のタイトル『質問のスゝメ』に戻ります。冒頭で書いたH先生が著者である、「遺伝研メソッドで学ぶ科学英語プレゼンテーション(絶賛発売中)」のUnit11[質問をしよう]の中に、*質問を思いつくためのヒント、という項があります。もし今回、『質問のスゝメ』というタイトルを見て、「質問の仕方を学びたい」と思っていた学生のみなさん、是非「遺伝研メソッドで学ぶ科学英語プレゼンテーション」のUnit11を読んで下さい。[質問しようと思っても、なかなかよい質問を思いつかない人へのアドバイス]として質問を思いつくための11ものヒントが記載されています。もちろんここには書きませんが、H先生にお願いすると著者割引で購入が出来るそうですのでお問い合わせください。

話を最初に戻します。三浦研の学生がよく質問する件について。注意すべきは『良く質問する』のと『良い質問する』のは意味が異なるということです。三浦先生は私が学生だった時から、セミナーや学会の前には必ず「1日1つは質問な」と仰ってました。質問したら「やったじゃん」と褒めてくれましたし、もししなかった場合「おめー今日しなかったな、じゃあ明日は2つな」と言い、2つ以上質問したら「2つも質問してすげーじゃん。明日もがんばって。」と称賛してくれました。ところが私が海外講演者に質問する機会があり「Good question!」と演者に言われてちょっと調子にのった時のことです。三浦先生がいつものように「やったじゃん」と褒めてくれたので、「良い質問でしたか?」と尋ねたところ、「え、内容は覚えてない」と一蹴され、ちょっとがっかりしたのを覚えています。しかしながらそれから、海外研究者の「Good question」は必ずしも良い質問に対して使われるわけではない、ということも学びましたし、「良い質問って何だ?」と自問自答することも度々あって、結果的に三浦先生が仰った「内容は覚えていない」というのが、学生を傷つけない・無意味に調子に乗らせない『三浦流』の答え方だったんだなと、理研、東北大とPI経験2回目にして漸く気が付いたのでした。確かにあのとき、「いや、あの質問はイマイチだった」とか、「もっとこういう質問をしなさい」とか言われていたら、次に質問する機会があっても「良い質問しなきゃ」と考えすぎてしまって手を挙げるのを躊躇してしまっていたでしょう。逆に「良い質問だった」と言われたとしても、次の時にも同じように言われるように「また良い質問をしなきゃ」と先生の評価ばかりを気にしてせっかくの講演を楽しめなかったかもしれません。つまり、「質問の内容については一切触れない」ことが、学生が「良い質問をしなければ」というしがらみから解放されて、どんな質問でもすることに意義があると気づき、質問のモチベーションを高めたのではないか、というのが、私がたどり着いたH先生への答えです。

さて、この話には後日談があります。私が『三浦流』の『質問encourage術』に気づいたのはほんの数年前でした。ところが昨年、三浦研出身でドイツ留学後に広島大学の助教に就任したOさんと仙台で酒を飲む機会がありましたので、「三浦研の学生がよく質問していた理由」についての私の持論(上記の内容)を自慢げに語ったところ、Oさんは笑いながら「そうですよ。三浦研の学生はみんな気づいていたと思いますよ。」と思い切り一蹴されてしまいました。H先生への本当の回答は、若者(三浦研学生)の方が一枚も二枚も上手(うわて)だった、ということなのかもしれません。。。

追伸:さらに後日談。三浦研の1学年先輩である、現・京大教授の井垣さんのお話です。先週(3月中旬)出席した某コロキウムにて、井垣研の学生は三浦研以上に良く質問することがとても印象的でした。井垣さんは『質問に立つことを奨励』すると同時に、どの学生にもどの質問にも、「良い質問しとったなぁ」と心から褒めていました(注:学生に限る)。もちろんそれだけではなくて日常の『井垣流encourage術』があるのだと思いますが、上には上がいるなぁ、と思うと同時に、私も頑張らなければと身の引き締まる思いがしたところです。

追伸の追伸:だめ押しの後日談。今回の投稿に際して、三浦先生に名前使用許可をもらうために、この文章を読んでもらいました。そのフィードバックにもらった文章を転記させて頂きます。
『確かに、私、質問内容はこころから覚えていないです。やべって感じです。細コロ(注:上記の某コロキウムの意味)でのぐんき研(注:井垣研の意味)の学生の質問ぜめすごいですよね。その中で、しているうちにだんだん良い質問になってくる学生もいて楽しいです。』
もう一つ興味深い内容を転記します。
『学生が質問するようになるファクターとしてはもう一つ、すると気持ちいい、という常習性の快感があるのではと思います。これは回数をしているうちにちょろちょろ快感ホルモンがでるのかも。』
これで、私が記載した『三浦語録』が過度な表現ではなかったことがおわかり頂けたことと思います。何でも良いから質問する、質問していくと質問の仕方も解ってだんだん熟れた質問(良いという表現をあえて使わないとすれば)になる、ということかなと思っています。プラス、快感ホルモンの表現面白いですね(注:多分、学生に限る)。さすが、お師匠様!

終わり。


(2019-01-11)

日本細胞生物学会賛助会員

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