開催日
6月29日(水)
講師
田中 大介(秋田県立金足農業高等学校)
司会
藤ノ木 政勝(獨協医科大学)
企画意図
博士号取得後の職業選択の選択肢の少なさは今さらながら言うまでもない事ですが、博士号を取る事はゴールではなくスタートであり、そこからどう活動していくかを考える事が大事であると思います。一昨年の大会で博士号取得後のキャリア形成について考える機会を設けました。昨年の大会では男女共同参画に軸足を置いた企画にしましたが、今大会においては再び博士号取得後のキャリア形成について考えてみたいと思います。博士号取得の進路として研究を主眼においた進路選択(例えばポスドクや研究補助員、企業の研究職など)以外にも、研究活動で培った論理的思考法や実験手技、問題解決力やプレゼン力を生かした進路選択もあるのではないかと思います。例えば、数年前から一部の自治体では学校の実験授業に主眼をおいた理科教員として博士号取得者を採用し活用している事例があります。また自然体験教室や実験・観察教室を主宰する団体や教育関係の企業や、博士号取得者を求める企業との人材マッチングを行う事業もあります。今回は、この様な取り組みを行っている団体に事例紹介と課題についてお話し頂き、具体的な事例を通して議論をしたいと考えています。大学院生、ポスドクの人を始め多くの方々のご参加をお願いいたします。
報告
6月29日(大会3日目)に講師に秋田県立金足農業高等学校・田中大介教論をお招きして、「博士号取得後の選択肢を考える」と題し、秋田県で取り組まれている博士号取得者を高校教員として採用する「博士号教員」についてご講演いただいた。一般的に小・中・高校の教員になるためには、教員免許状を取得し、教員採用試験に合格しなければならないが、秋田県の博士号教員の場合は一般の教員免許状の有無は問われず博士号を有していることが求められる(実際には秋田県でのみ有効の特別免許状が交付されるそうである)。実は企画をしておきながら博士号教員というものについて新聞等で報道されていること以外は知らなかったのだが、田中先生のお話を聞き、想像を超える非常にパイオニアな職業であると理解した。そしてそれ以上に、おそらくは独立した研究者としても充分にやっていける上に、さらに大きな好奇心とバイタリティ、そして逞しさを持たなくては勤まらないのではないかと感じた。博士号教員の業務は、いわゆる高校の先生と言うよりも担任や生活指導などがない分だけ大学の先生や研究者に近い感じを受けた。しかし最近の大学でも生活指導などをする必要があり、そう言う意味では大学院生を受け入れた研究所の研究者に近いのかも知れないという印象を持った。教育に関しては実習と総合学習で卒論的なことを行うそうで、もちろん大学・研究所ではなく高校で高校生と共に研究活動を行う事になるので、当然設定できるテーマには制限はある。しかし何も大学・研究所で行われているやり方でしか研究が出来ない訳ではなく、むしろ高校生の自由な発想を生かして柔軟に研究活動を展開されていたこと、例えば研究成果を国際学会で生徒に発表をさせたり、特許出願をしたり、といった業績には感銘を受けると共に、自分の思考が硬直化しているように思え反省もした。また、これらの活動を通じて高校生の進学意識が向上したことは大きな励みとなった。
博士号教員に期待されている事は専門性を生かした(理科)教育の活性化で、そのためにはプレゼンテーション力や論理的思考力などが必要であるとの事でした。専門性はもちろんのこと、プレゼンテーション力や論理的思考力は大学院での研究活動(特に学会発表や論文発表、セミナーなど)において鍛え上げられていることであり、学位を取りポスドクも経験していれば尚のこと出来るであろうと期待される事柄である。そう言う観点で見ると、博士教員という選択肢は決してアカデミックポジションに就けないから選ぶ選択肢ではなく、様々な時期での研究活動をやり遂げた先に選ぶことの出来る選択肢であるように思えたのは、筆者だけではないだろう。そして研究職と教育職の中間的な立場で博士が活躍できる新しい立場であると魅力を感じずにはいられない。秋田県で始まった博士号教員という取り組みは、少しずつではあるが他県でも取り入れ始めているそうである。田中先生を初めとする秋田県での取り組みの成否がこの取り組みが広く長く続くかどうかを左右することは言うまでもないだろうが、是非成功してもらいたいと願っている。既に田中教論を会長として、博士教員教育研究会が組織作られている。仮に全国都道府県および政令指定都市で同様の取り組みが行われれば、10人ずつ採用されると仮定するとそれだけで500人以上の博士の雇用先が生み出されることになる。
個人的な意見を述べさせてもらえれば、昨今の学校現場での理科教員の底上げは急務であると思っている。特に3月11日の東日本大震災およびその後の福島原発事故で科学コミュニケーションの不足は指摘されているが、最も身近な科学コミュニケーターになりうる存在は理科の先生ではないかと思っている。しかし理科も含め教員養成は教育学部に委ねられ、教育学部は文系学部扱いであるから、理科教員と言っても、科学コミュニケーターに耐えうる人材は多くはないだろう事は否めない。教育学部出身の筆者にとっては忸怩たる思いを抱いていることではあるが、この博士教員という取り組みが突破口になるのではないかと期待している。
文責:藤ノ木政勝(獨協医科大学)