吉田 秀郎兵庫県立大学大学院生命理学研究科生体物質化学II講座
小胞体ストレス応答は、小胞体に立体構造が異常なタンパク質が蓄積した時(小胞体ストレス)に活性化される生体防御機構である。小胞体の重要な機能は、膜タンパク質や分泌タンパク質の立体構造形成である。分化などによって分泌タンパク質の産生量が増加すると、小胞体シャペロンによる分泌タンパク質のフォールディングが間に合わなくなり、小胞体内にフォールディングが未完成の分泌タンパク質が蓄積する。このような構造異常タンパク質の蓄積(小胞体ストレス)は細胞死を引き起こし、アルツハイマー病やパーキンソン病、糖尿病などのフォールディング病を引き起こす。細胞は小胞体ストレス応答を活性化することによって、小胞体ストレスに対抗し、細胞死から身を守ろうとする。 哺乳類の小胞体ストレス応答は3つの応答経路から成っている。ATF6経路は、小胞体シャペロンの発現を制御する経路である。小胞体膜上に存在するセンサー分子pATF6(P)が小胞体ストレスを感知すると小胞輸送によってゴルジ体へ運ばれ、ゴルジ体に存在するプロテアーゼS1PとS2Pによって切断される。その結果、細胞質側の転写因子部分pATF6(N)が膜から遊離して核へ移行し、転写制御配列ERSEに結合して小胞体シャペロン遺伝子の転写を誘導する。 IRE1経路は、小胞体に蓄積した構造異常タンパク質を分解処理するERAD(ER-associated degradation)関連因子の発現を制御する経路である。IRE1経路のセンサー分子であるIRE1は小胞体膜上に存在し、小胞体ストレスを感知するとオリゴマー化して活性化し、XBP1の前駆体mRNAを新規のmRNAスプライシング機構である細胞質スプライシングによって成熟型mRNAに変換する。成熟型mRNAからは活性型転写因子pXBP1(S)が翻訳され、pATF6(N)とともに転写制御配列UPREに結合することでERAD因子遺伝子の転写を誘導する。XBP1の前駆体mRNAからもタンパク質pXBP1(U)が翻訳されており、不要になったpXBP1(S)に結合してその分解を促進したり、XBP1 mRNAの翻訳速度を低下させるとともに小胞体膜に結合することによってXBP1の前駆体mRNAを小胞体に繋留する機能を持つ。 PERK経路のセンサー分子であるPERKも小胞体膜上に存在しており、IRE1と同様に小胞体ストレスを感知するとオリゴマー化して活性化する。PEKRは細胞質部分にキナーゼ領域を有しており、小胞体ストレス時には翻訳開始因子であるeIF2のalphaサブユニットをリン酸化することによって翻訳を一時的に抑制し、小胞体内腔での異常タンパク質の蓄積を抑制している。また、PERK経路は転写因子ATF4の翻訳を誘導し、転写制御配列AAREを介して翻訳関連因子や抗酸化因子の転写を誘導する。またATF4は転写因子CHOPの転写誘導を介してアポトーシスの誘導にも関わっている。
参考文献
Mol. Biol. Cell (2010) 21, 1435-1438
Curr. Opin. Cell Biol. (2011) 23, 135-142
Science (2011) 334, 1081-1086