一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.18 March (1) 本当の理由

後藤 聡 (三菱化学生命科学研究所)

 私が研究者になりたいと思った本当の理由をそっと貴方だけにお話したいと思います。あまりに小市民的で恥ずかしい理由なものですから、永年そっと心の隅に留めておいたのです。が、他ならぬ貴方ですから、私のすべてを知っていただこうと、ここに私の秘密を告白したいと思います。

 その理由というのは、「保身(ホシン)」です。ああ、言ってしまった。なんて、子供の頃から夢のないことなのでしょう。気弱なのでしょう。これを思い出すたびに、体が収縮する感じです。不遜な態度は膨張の一途なのですが。

 さて、何を隠そう、私は子供の頃から映画が大好きでした。あるとき、宇宙のかなたから知的生命体が地球に飛来してくる映画を見ました。次々と殺されていく地球人を見て、恐怖のあまり、身勝手ながらも、僕だけは助けてもらおう!と強く念じました。念じても安心できません。もっと具体的な手立てはないかと真剣に考えました。とても稚拙な考えなのでお恥ずかしい限りですが、私の一生を決定してしまいました。「子供の考え、休みに似たり」とは昔からよく言われる格言ですが、そこから離れられない私も、いつまで経っても、三つ子の魂から成長できていないのでしょう。さて、それは

 「そうだ!宇宙人から見て、殺すよりは生かしておくほうがいいような人間になろう!どうしたらいいだろう?政治家とか、金持ちとかは、すぐに殺されそうだし、ヒーローなんか一番先に殺されそうだ。。。。。」
「そうだ!宇宙人が知らない重要なことを知っていたら、宇宙人はもったいながって助けてくれるに違いない。“オマエハ、ワレワレノシラナイ、ジュウヨウナコトヲシッテイルヨウダナ。イカシテオコウ!”と。そのためには、宇宙人にも役に立つことを知る人になろう。でも、どんな人になったらいいんだろう。。。。。」
「そうだ!宇宙の真理についてなら、地球人の僕にでも研究できて、宇宙人も知らないことを知ることができるだろう。よっし、科学者になろう!」
浅はかな志で赤面のかぎりですが、ここまでは、まだ私も論理的でした。でも、この後がよくありませんでした。。。

 やっぱり宇宙人相手なんだから、宇宙とか素粒子とかの研究がいいだろうなあと、おぼろげながらも感じていました。期待も膨らむ物理の最初の授業で、「物質の質量と運動の関係は“f=ma”である」と教わったわけです。「?????」全く理解できませんでした。「なぜ、そうなっているんですか?」と先生に投げかけても、「そうなっているものなんだ。それを前提に問題を解け!」としか答えてくれません。絶望のどん底に突き落とされました。「理解できない!宇宙人に殺されてしまう!」

 あまりのことに、学校をさぼって、家でぼーっとテレビを見ていました。奥様相手の昼メロに心震わせていましたが、多少疲れてきたので、箸休めのつもりで教育テレビにチャンネルを回すと、「生物」というのがちょうど始まりました。生物の授業は好きではなかったのですが、まあ骨休めだからと見はじめました。すると、遺伝子だの、生命の設計図だのと、よくわからないのですが、わくわくすることを話しているではないですか!「これは面白い!よっし、遺伝子の研究者になろう!生命の真理なら、宇宙人も面白がって助けてくれるに違いない!」

 そう決心して生物の勉強をすると、面白くて面白くて、すぐに病み付きになりました。細胞の中の現象だけでなく、「刷り込み」ということを知ったときには、感動で涙がでました。「そうか、ピーちゃんは刷り込まれていたんだ!」子供のころ、生まれたてのひよこ(ピーちゃん)をもらったので、眼が開くまで、ずーっと手の中にいれていたら、僕にとてもなつくようになったのです。どこにでも一緒に行きたがるし、僕の姿が消えるとすぐにピーピー鳴いて探しに来るし、姿が見えると安心して餌をついばみ始めるし、とあまりにもかわいいいので、とても大切に育てていました。でも、ある日、悲しい別れが訪れたのです。(これについては、感動秘話「僕とピーちゃんの始めてのお買い物」に収録されておりますので、そちらをご覧ください。)とにかく、「ああ、あれは「刷り込み」だったのか。そういえば、大きめのひよこをもらったときには、決してなつかなかったなあ」と、甘酸っぱい想いと共に理解できたのでした。

 ということで、願いがかなって、現在、私は生物を扱う研究者になっております。ところが、ふと思いをめぐらしてみますと、このままでは宇宙人に殺されてしまいそうで、とても不安になってしまいます。そう、生物の研究をいくらしたところで、宇宙人には役に立たないから、すぐに殺されてしまうだろうということ。でも、それは想定内で、重要な真理なら面白がって生かしてくれるはずです。でも、今行っている研究において“f=ma”という前提を解明する努力を忘れていないか心配です。受験問題を解くように「“f=ma”をいかにうまく使うか」という研究ばかりでなく、なぜ“f=ma”なのかということに取り組まなければ、宇宙人に満足していただけないのではないか。とにかく、宇宙人にも面白いと言わせることができるよう、一層の努力をしなければと命が危ないのです。

 皆様も宇宙人の存在を信じていらっしゃいますか?


(2007-03-24)

日本細胞生物学会賛助会員

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