鈴木 厚
横浜市立大学・医・分子細胞生物
概要・原理
上皮細胞の極性は、基底面からの接着刺激に大きく依存するが、2次元培養系ではおのずから基底面が与えられており、そこからの強い刺激によってすでに極性がかなりの程度規定されている。こうした点を解決し、ECM成分やそれに由来するシグナルが上皮極性の形成、特に、アピカル膜形成能を評価する上で、ECMゲルの中で培養し、自ら自律的に管腔を形成させる(cystを形成させる)3次元培養系は非常に有用である。実験的な自由度が低下する一方で、上皮細胞極性異常を2次元培養系よりも敏感に検出しうる系としても多用されている(Debnath et al. Methods 30: 256-268, 2003, Methods Enzymol. O’Brien et al. 406: 676-691, 2006)。
MDCK細胞、Caco2細胞、MCF10細胞などで報告されるとともに、初代培養乳腺上皮細胞でも報告されている。細胞によってcyst形成を引き起こす主たる駆動力が異なるようであり(Dotta et al. Curr Biol. 21:R126-36, 2011.)、1) apical膜小胞が細胞内部で融合してできる大きなvacuole(VAC: vacuolar apical compartment)が細胞外基質と接していない膜に融合することによって管腔形成を引き起こすとされるMDCK細胞の場合と、2)やはりapical膜小胞の融合でapical膜は既定されるものの、管腔が開くためには、さらにイオンポンプの働きによる内部への水の運搬が必須とされるCaco2細胞の場合、そして、3) 細胞の凝集体の中の細胞のうち、ECMに接していない細胞がアポトーシスを起こすことによって管腔ができるとされるMCF10細胞の系(初期胚の羊膜腔の形成機構に類似)がある。下記には、MDCK細胞を用いた際のcyst形成、解析法を記載する。
装置・器具・試薬
(通常の細胞培養、蛍光染色に使用するものを除く)
コラゲナーゼ type VII (Sigma-Aldrich:C2399)
ホールスライドグラス(松浪 S339930)
詳細
- 別記プロトコールに従って、Transwell内で3D cystを形成する。
- 各well、内外のチャンバーからメディウムを除去し、PBSで2回洗浄する。
- 150ulのcollagenase type VII溶液(100U/ml)をゲルの上のみに加え、室温で15分処理する.
- ゲルを吸い上げないようにcollagenase 溶液を除去し、ゲルをPBSで二回洗浄する。
- ゲルに2% PFA溶液を加え、室温で30分処理する。
- PBSで2回、ゲルを洗浄した後、0.5% Triton X-100を含むPBSで室温30分処理し、再び、PBSで2回洗浄する。
- 10% 胎児牛血清/PBSなどで室温 1時間、blockingする(すぐ次の蛍光染色に移らない場合は、blocking溶液を PBSに置き換えて、4℃で保存する。
- blocking溶液(あるいは、 PBS)を除去し、2%牛血清を含むPBS に希釈した1次抗体溶液、100~200ulを添加し、4℃で1~2晩、よく振とうしながら incubateする(抗体が乾かないように注意)。
- ゲルを吸い上げないように1次抗体溶液を除去し、2%牛血清を含むPBSと室温30分incubateする。この洗浄作業を計5回繰り返す。
- 2% 牛血清を含むPBS に希釈した2 次抗体溶液、100ulを添加し、4℃で1晩 incubateする。
- 上記と同様に洗浄を行う
- ホールスライドグラスにゲルをフィルターごと移して(フィルターを下にして)、カバーグラスを載せ顕微鏡観察する。
工夫とコツ
collagenase処理でゲルは柔らかくなるが、完全にゾル化はせず、塊の状態は保たれる。
抗体のゲルへの浸透をよくするために、ゲルの塊をフィルター上から0.5ml マイクロチューブに移して、よく振とうさせながら抗体溶液と反応させてもよい。
ホールスライドガラスのない場合は、通常のスライドグラスの上下に横平行に細く切ったテープを2本、横平行に張り付け、その間にフィルターから外したゲルの塊を移すのでもよい。
参考文献
O’Brien et al. Methods Enzymol. 406: 676-691, 2006