一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.2 June (1) 「若い女優」

稲垣 昌樹 (愛知県がんセンター研究所)

 大下英治氏の著書「わが青春の早稲田―野望に燃えた狼たち」の「テレビ草創期の荒武者」と題した章に,テレビディレクターの和田勉氏が,若い女優さんをはげますのに,次のような意味のことを言っているのが紹介されています。芸能界にせよ,テレビ界にせよ,大成するためにもっとも大切なのは才能より運だ。二番目に才能だ。運も才能もない場合は,体力だ。その三つがなくても,まだあきらめなくてもいい。四番目が先生だ。この世界,非常に狭い世界だ。よい先生を持つことによって,支えられる。それもなかったら、一人芝居と言うか,阿修羅となるんだ。自分一人暴れまくって,嵐を起こせばいいと。

 「巻頭言」執筆の依頼をうけましたとき,ぼくは「巻頭言」というものは,いったい何を,そして,どういうレベルの視点から書けばよいのかのヒントを得ようと思い,まず,「細胞生物」にここ1〜2年間に掲載された「巻頭言」を読み直してみました。そこでは,研究費や学会等,種々の問題がとtJりあげられ,適切な論評が加えられていました。ぼくは,「ハハーンなるほど,こういう事を書くのか。」と思い,原稿用紙に向かったのですが,何時間たっても自分には,書くべき問題が浮かび上がってこないのです。1ヶ月余りも色々迷い,しかも,迷っているうちに締切が近づいて,しだいにあせりも強くなってきました。そうしているうちに,思いだしたのが前述の和田氏の言葉で-.「ハハーシ・なるほどそういう事か。」と納得しました。つまり,和田氏に励まされているところの“若い女優”であるぼくが,“「四番目が先生だ。」の先生”の視点,立場からの「巻頭言」を知らず知らずのうちに書こうとしていたのだと。

 現在,ぼくは愛知県がんセンター研究所にポジションとスペースを間借りし研究を行っております。そんなぼくのところにも,何人かの燃える心をもち,たゆまね努力をする“女優見倣い”が,研修生としてきてくれています。ぼくは,“よい先生方となるべく努力するべきか,いやまだ“若い女優”として,より“よい先生”をさがすべきか,それとも“阿修羅”となるべきか自問自答しつつ,“幸運”もそろそろやってくるのではないかと頑張っている毎日です。

 そこで,「巻頭言」のかわりに,和田氏の言葉を紹介しました。燃える心をもち,たゆまね努力をしている全国の若い研究者の方々とともに「〜がなくても,まだあきらめなくてもいい。」と繰り返し.繰り返し,励ましてくれる和田氏の言葉を共有したいという思いをこめて。


(1991-06-01)

日本細胞生物学会賛助会員

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