中野 賢太郎筑波大学大学院生命環境科学研究科
基礎研究に用いられる酵母は、主に出芽酵母 (budding yeast, Saccharomyces cerevisiae) と分裂酵母 (fission yeast, Schizosaccharomyces pombe) である。両者の進化系統の隔たりは大きいが、アクチン細胞骨格 (actin cytoskeleton) の性状については共通性が高い。そのため、酵母の研究から得られた知見は、真菌類のみならず真核生物全般にも当てはまる場合が多い。酵母の実験系では、条件致死性を利用した遺伝学的解析や相同組換えによる目的遺伝子の破壊が容易であり、細胞機能に必須な遺伝子の機能解析が自在に出来る。この特質により、アクチン、及びその調節タンパク質の細胞内の分子機能の研究において、両酵母は重要な地位を占める。 酵母には、アクチンパッチ (actin patch)、アクチンケーブル (actin cable)、そしてアクチンリング (actin ring) の3種類の構造が認められる。アクチンパッチは細胞質側に貫入した細胞膜領域を覆うように比較的短いアクチン繊維が取り巻いたもので、エンドサイトーシス (endocytosis) の際に小胞を切り離す役割を担う。通常、細胞の成長領域や分裂面では、複数のアクチンパッチが頻繁に形成と解体を繰り返す。また、それらの細胞領域から細胞質中に数本のアクチンケーブルが伸長する。これはV型ミオシン (myosin V) のレールであり、成長領域への物質輸送に寄与する。一方、アクチンリングは分裂期にのみ出現する構造で、II型ミオシン (myosin II) を構成成分として含む。これは動物細胞の収縮環に相当し、細胞質分裂 (cytokinesis) に伴い、その径を縮める。補足すると、アクチンリングの収縮に付随して、分裂面に新しい細胞壁(隔壁)が新生されることも酵母の細胞質分裂には重要である。なお酵母においては、動物細胞のように細胞膜直下を裏打ちするアクチン細胞骨格のメッシュワークは報告されていない。このような構造は、細胞壁で被われた酵母には不要なのだろう。 上記の3種類の構造の構築において、先導的な役割を担うアクチン重合促進タンパク質は、アクチンパッチでは Arp2/3 複合体 (Arp2/3 complex) が、アクチンケーブルやアクチンリングではフォルミン (formin) である。これらの活性は、Rho ファミリーの低分子量 GTPase の制御下に置かれているらしい。またアクチン束化タンパク質 (actin-bundling protein) やキャッピングタンパク質 (actin-capping protein) 、脱重合タンパク質 (actin-depolymerizing factor) などについても、動物細胞や植物細胞のものと酵母のものとで共通性が高い。
参考文献
Michelot A, Drubin DG.(2011) Curr Biol. 21, R560-569.
Kovar DR, Sirotkin V, Lord M. (2011) Trends Cell Biol. 3, 177-187.
Goyal A, Takaine M, Simanis V, Nakano K. (2011) Cytoskeleton 68, 69-88.