上村 陽一郎・上田 昌宏理化学研究所 神戸研究所 生命システム研究センター(QBiC)
走化性(あるいはケモタキシス、chemotaxis)とは、細胞が外界の化学物質の濃度勾配を認識して示す誘因あるいは忌避運動のことである。走化性は多くの生物現象で重要な役割をもち、例えば、胚発生、神経回路の形成、あるいはがん細胞の原発巣からの転移(metastasis)に走化性が利用されている。特に白血球(leukocyte)の一つである好中球(neutrophil)が走化性により炎症あるいは感染部位へ集まることが昔からよく知られている。走化性研究には上記の好中球や微生物である細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)が用いられており、これらの細胞は進化的に離れているものの、その分子機構はよく似ている。走化性物質(chemoattractantあるいはchemorepellant)は7回膜貫通のGタンパク質共役型受容体(G protein coupled receptor)により感知され、三量体Gタンパク質(trimeric G protein)を介して下流の細胞運動装置を制御する。細胞は運動方向に顕著な極性をもち、細胞の前方では盛んにアクチン重合(F-actin polymerization)がおこり、仮足(pseudopod)形成が促進される。一方、細胞の後方ではミオシンII(MyosinII)が局在し、収縮力(contractile force)を発生することで、方向性のある細胞運動を効率的に制御すると考えられる。アクチン重合が細胞前端で局所的に起こるしくみは断片的にしか明らかでないが、リン脂質の一つであるホスファチジルイノシトール三リン酸(phosphatidylinositol(3,4,5)trisphospate)がメディエーターとして重要であると考えられている。
参考文献
Phillipson, M., Kubes, P. (2011) Nat. Med. 17, 1381-1390 ; Swaney, K.F., Huang, C.H., Devreotes, P.N. (2010) Annu. Rev. Biophys. 39, 265-289; Wang, F. (2009) Cold Spring Harb. Perspect. Biol. A002980