岡田 康志理化学研究所 神戸研究所 生命システム研究センター(QBiC)
分子モーターとは、動きを作り出す生体分子の総称である。多くの場合、化学的エネルギーを力学的仕事に変換することで動きが作り出される。分子モーターとして特によく研究されているのが、細胞骨格系の上を動く分子モーターである。アクチン線維(F-actin)の上を動くミオシン(myosin)がその代表で、筋肉の運動をはじめ様々な生体運動に関わっている。また、微小管(microtubule)の上を動く軸糸ダイニン(axonemal dynein)は、真核細胞の線毛・鞭毛の運動を担うモーターである。キネシン(kinesin)や細胞質ダイニン(cytoplasmic dynein)も微小管上を動く分子モーターで、細胞分裂や細胞内の物質輸送、細胞内小器官の輸送や位置固定などを行っている。これらはいずれも、アデノシン三リン酸(ATP)をアデノシン二リン酸(ADP)に加水分解する酵素で、この反応によって得られる化学エネルギーを力学的仕事に変換することで運動を作り出す。 一方、バクテリアの鞭毛は細胞膜内外の電気化学ポテンシャル(H+やNa+の濃度勾配)を利用して回転運動を作り出すモーターにより駆動されている。ATP合成酵素のFoサブユニットも同様の機構で回転すると考えられている。ATP合成酵素のF1サブユニットは、Foサブユニットの回転を利用してATPを合成する酵素だが、その逆反応としてATPをADPに加水分解することでF1サブユニット自体が回転運動を作り出すことができる。 さらに、細胞骨格自体も、化学反応と共役した伸長・短縮を繰り返すことで力学的仕事を行っている。たとえば、細胞膜直下でのアクチン線維の重合は細胞膜伸展の駆動力であると考えられている。また、染色体の微小管の短縮に共役した輸送も知られている。 更に最近では、DNAやRNAの重合や修飾を行う酵素も分子モーターとしての活性を持つことが示されている。たとえば、DNAポリメラーゼ(polymerase)やRNAポリメラーゼ、あるいはリボソームは、DNAやRNAの重合、蛋白の翻訳に伴って鋳型DNA/RNAの上を移動する。ヘリケース(helicase)はDNA二本鎖を解離しながら移動し、ウイルスにはDNAをウイルスのカプシド(capsid)内に押し込むためのpackaging enzymeが存在する。さらに、クロマチン・リモデリング(chromatin remodeling)や、染色体形成(chromosome condensation)も力学的仕事を伴う過程だが、やはりATPの加水分解をエネルギー源とするモーター分子(SWI/SWF, SMCなど)が関与している。 ユニークな分子モーターとしては、ピエゾ素子のように電位依存的に内耳外有毛細胞を高速に伸縮させることで聴覚の感度調節を司るprestinがある。