水野 裕昭、山城 佐和子
細胞生物学
概要・原理
哺乳動物骨格筋は主にアクチンとミオシンから構築されており、古くからウサギ骨格筋よりアクチンを大量精製する方法が確立されている。原法では、ミオシンを取り除き、アセトンによって脱水処理したウサギ骨格筋(アセトンパウダー)からアクチンを大量精製している。アセトンパウダーを低塩濃度溶液に浸して脱重合したアクチンを溶液中に抽出し、この抽出液にMgイオンを含む高塩濃度溶液を加えてアクチンを線維化し、遠心分離によってアクチンだけを精製していく。通常実験に使用されるアクチンはATPが結合したアクチン(ATP-アクチン)だが、実験の用途によってはADPが結合したアクチン(ADP-アクチン)を使用することもある。ADP-アクチンの調製は、精製されたATP-アクチンのATPを加水分解することで行う。また、C末端のCys374をピレンでラベルされたアクチンは、重合するとピレンの蛍光強度が20倍程度増加する。この性質を利用し、ピレンの蛍光強度から重合したアクチン線維の量の時間変化を追うことが出来る。
装置・器具・試薬
バッファー
Ca-ATP G-buffer:
2mM Tris-HCl pH8.0, 0.1mM CaCl2, 0.2mM ATP, 1mM DTT.
F-solution:
20mM MgCl2, 1M KCl.
ADP F-solution:
0.2M KCl, 20mM imidazole-HCl pH7.0, 2mM MgCl2,
0.4mM EGTA, 0.2mM ADP, 2mM DTT, 10mM glucose,
15U/ml hexokinase.
Ca-ADP G-buffer:
2mM Tris-HCl pH8.0, 0.1mM CaCl2, 0.2mM ADP, 1mM DTT,
5mM glucose, 15U/ml hexokinase.
ピレン標識buffer:
20mM Hepes pH7.5, 0.1M KCl, 2mM MgCl2
これらのバッファーは精製に先立ち調製し、4°Cで保存しておく。
詳細
- 乾燥したアセトンパウダーを低塩濃度溶液(Ca-ATP G-buffer)に浸して、氷温でアクチンを脱重合させ、溶液に抽出する。抽出後は遠心分離やフィルター濾過によって残渣と抽出液を分離する。
- 抽出液にMgイオンを含む高塩濃度溶液(F-solution)を加え、泡立てずに均一になるように撹拌し、37度で1時間30分静置し、アクチンを線維化させる。アクチンが線維化すると、溶液に粘性が生じ、溶液内に気泡が留まるようになる。
- 抽出液には、アクチンとアクチン結合蛋白質トロポミオシンが含まれており、トロポミオシンはアクチン線維に(F-actin)取り巻くように結合する。このトロポミオシンをアクチン線維から解離させるために、重合させたアクチン線維溶液に、最終濃度で0.6Mになるように3M塩化カリウム溶液を加え、均一になるまで撹拌し、37度で30分静置する。
- アクチン線維溶液を遠心分離(100,000xg、20、1時間30分)にかけ、線維化したアクチンを沈殿させ、回収する。沈殿の表面をCa-ATP G-bufferで2~3回すすぎ、新鮮なCa-ATP G-buffer内にアクチン線維の沈殿をこそぎ落とす。沈殿が塊として溶液中にあっても、ピペットで吸える程度であれば構わない。
- 懸濁したアクチン溶液を透析チューブに移して、低温室にてCa-ATP G-bufferで透析する。透析外液を変えるたびにチューブを数回反転させ、チューブ内溶液を撹拌する。透析外液の交換は、透析開始後は30分、1時間、2時間ごとに交換し、その後は3時間ごとに交換する。全透析時間は、2日程度を要する。
- 2日透析した後、遠心分離(100,000xg、4度、1時間30分)によって脱重合していないアクチンや、取り残した不溶性蛋白質を除去する。遠心分離した上澄みが脱重合したアクチン(G-actin)となるので、290nmと310nmの吸光度を測定し、それぞれの吸光度を(A290-A310)/0.63の計算式に代入して、アクチン濃度を定量する。
- 実験の用途によってはADPが結合したアクチン(ADP-アクチン)の調製が必要となる。ADP-アクチンの調製は、ATP-アクチンのATPを加水分解して行っていく。アクチンと結合しているATPはアクチンの重合反応で、溶液中のATPはヘキソキナーゼとグルコースによってADPに加水分解する。
- 精製したG-actinに等量のADP-F-solutionを加えて重合させ、遠心分離によってF-アクチンを沈殿させる。沈殿したF-actinに、Ca-ADP G-bufferを加えて氷上で100回程度ピペッティングする。その後、超音波破砕機で3秒ほど超音波を与え、氷上で1時間静置してアクチンを脱重合させる。ADP-アクチンの状態は不安定で長期間放置すると、アクチン重合活性が失われるので、3時間以内に使用する。
- (アクチンのピレンラベル)1mg/ml F-actin は、透析等でDTTを完全に除去する。ピレン (N-(1-pyrene) iodoacetoamide) はジメチルホルムアミド に溶解してストック溶液を用意する。F-actin にモル濃度で8倍当量のピレンを撹拌しながら少しずつ加える。ピレンは析出して白濁するが、後の遠心で除く。遮光・4度・一晩撹拌する。
- (ピレン除去)DTT を最終5mM加えて反応を止める。3,000Xg、10分遠心して上清を回収。次に上清を超遠心(100,000xg、20度、1時間30分)してピレンラベルされたF-アクチンを沈殿に回収する。沈殿はG-bufferで透析し、ピレンを除く。実際はさらにSephacryl S-300カラムなどでゲルろ過精製した方が良い。
- (ピレンアクチン重合アッセイ)非標識アクチンに8〜10% ピレンアクチンを混ぜる。蛍光光度計を励起波長365nm、蛍光波長407nm、スリット幅0.5〜2.5nmに合わせる。G-アクチン溶液に1/10容量のF-solutionを加え、素早く混ぜて重合を開始させ、蛍光光度計にセットし、蛍光強度の時間変化を測定する。アクチン濃度は、実験にもよるが5μM程度で良好な結果が得られる。
工夫とコツ
アクチンには臨界濃度が存在し、0.1μM以下のATP-アクチンでは重合しない。そのため、精製過程においては、必ず0.1μM以上の濃度でアクチンを懸濁する必要がある。
溶液内のアクチンが重合・脱重合することで溶液の粘性が大きく変わる。そのため、溶液粘性の変化(溶液中の気泡の挙動で判断する)によって、目的通り、重合・脱重合しているかを判断し、精製を進行していく。
G-actinはATPやADPなどのヌクレオチドと長時間解離した状態が続くと、失活し線維化しなくなる。そのため、アクチンを扱う全て溶液にはATPないしADPを0.1mM以上加えるとよい。ただし、F-actinの状態であれば、ヌクレオチドが交換反応しない為、外溶液のヌクレオチド濃度が低くなっても問題はない。
また、ADP-アクチンは、氷上でO/Nで置いていても失活する。そのため、使用直前に精製することを進める。
アクチン精製後は氷中にて保存する。必要であれば、G-actinをSuperdex 200pg等のゲル濾過クロマトグラフにかけ、アクチン単量体と短いアクチン線維を分離する。
ピレン濃度:[pyrene, μM] = Abs344/2.2×104 (M-1)、アクチン濃度(含ピレンアクチン):(Abs290-(Abs344x0.127)/2.66×104 (M-1)
ピレン濃度/アクチン濃度により、ピレンの標識効率が求められる。
また、ピレンは退色するため、ピレンアクチン調整、重合実験中はピレンアクチンを遮光する。
参考文献
Spudich, J. A. and Watt, S. J. Biol. Chem. (1971) 246, 4866-4871. Mizuno, H., Higashida, C., Yuan, Y., Ishizaki, T., Narumiya, S., and Watanabe, N. Science (2011) 331, 80-83.
Hertzog M., Carlier M.F. Current Protocols in Cell Biology, (2005) Chapter 13: Unit 13.6