一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

2016-10-21 パラダイムの創造に乾杯!

伊藤維昭 (京都大学名誉教授、京都産業大学シニアリサーチフェロー)
1967年、大山山頂にて。左が大隅さん、右が筆者
1967年、大山山頂にて。
左が大隅さん、右が筆者

大隅さんのノーベル賞受賞ほど、心から納得できて、しみじみと嬉しいことはありません。おめでとうございます。「先生」ではなく「さん」付けで呼ばせていただくのは、幸運にも、お互いに科学者としてはまだ「赤ちゃん状態」の時にお会いしていることと、若い人にも大隅さんをなるべく身近に感じてもらいたいからです。お会いしたのは、1967年、大山の山麓で開かれた生化学若い研究者の会夏の学校でした。大隅さんは修士1年だったと思います。私は修士2年でした。夏の学校の内容は全く思い出せないのですが、一緒に大山の山頂まで登った数人の中に大隅さんと渡邊公綱さん(悲しいことに今月お亡くなりになったとのことです)がおられたことをはっきり覚えています。もちろんその時点で大隅さんが将来大発見をするなど知るよしもないことですが、何故かその時の写真は大切に保存して来ました。その時私は、ナイーブに東大生と知り合いになれたことが嬉しかったのでした。出身大学や学閥と言ったこととは無縁の、生命現象に迫るという営みを核としてサイエンスを共通言語とする世界があるのだということが、間もなく体感できるようになったのですが。

20年ほど後に、お互いに自分のテーマと何らかの研究成果をポケットに入れて再会できたのは、とても幸せなことでした。その前に大隅さんが一時京都におられたことや留学されたことは知っていましたが、助教授として独立されて新しいプロジェクトを始めたころからの数年間は、科研費の研究班や内藤コンファレンスなどで、直接仕事の話を伺う機会に恵まれました。オートファジーという言葉も初めて知りました。酵母を用いてオートファジーの研究を行うという宣言を聴き、新しい何かがこれから始まるのだという感慨を覚えました。大隅さんが酵母を用いたforward geneticsを行うという明快な戦略を持っていたからだと思います。

大隅さんは、タンパク質分解酵素の一つが欠損した酵母を用いて酵母でオートファジー体を顕微鏡で観察できることを確立しました。一方、あらゆる生命現象はそれを司る役者たちの働きによって可能になります。人間の知恵では想像のしようもない未知の「役者」を突きとめることがその生命現象を理解する前提となります。このような謎解き型のアプローチが少なくなっている現代、ロマンチックで生命現象研究の醍醐味が感じられた時代を改めて思い返しています。対象とする生命現象が不全となる変異株を分離して、変異した遺伝子を遺伝学的手法、分子遺伝学的手法で突きとめることがforward geneticsの内容です。大隅さんは、工夫を凝らした選択やコロニーの色選別などではなく、最も客観的でバイアスが入らない、直接酵母細胞の中のオートファジー体を顕微鏡観察すると言う王道、言わばbrute force screeningを敢行したのでした。そして、十数種類の遺伝子が、オートファジーの進行に必須の役割を果たしていることを明らかにしたのでした。個々の役者(遺伝子産物)の解析につながり、息の長い大河ドラマとなっていきました。後半部分は言わばreverse geneticsの範疇になって、各遺伝子・タンパク質の性状と働き、構造とメカニズム、ヒトなどの高等生物に同じ因子が存在することなど、おもしろくて拡がりがある研究に発展し、現在世界中の研究者によって集中的な研究が展開される分野となりました。オートファジーが人間の健康に直接役立っており、様々な病気の理解に必須な過程であることが示されたことは限りなく重要なことです。また、新生→分解→リサイクルという生命現象の摂理の一旦が解明された意義も強調されなければなりません。ノーベル委員会は、この摂理の仕組みの解明においてforward geneticsの部分こそが、その後の世界的な研究の爆発的発展に繋がる根っ子であったことを重視し、大隅さんの単独受賞を決めたのだと思います。委員会の見識に心から敬意を表したいと思います。

大隅さんは、「人がやらないことをやる」ことが重要だと強調されます。これはわかりやすい表現なのですが、おそらく大隅さんの中では、「人がやらない」という基準自体は表面的なことであり、自らの経験、知識、天与の才覚を総動員して、自分は何を知りたいのか、何に情熱をもてるのかを突き詰めたのではないでしょうか?そして、その情熱実現を裏打ちする方法論を理性的に検討することにより具体的一歩を踏み出す・・このような作業の中でオートファジーと言う研究対象が酵母で存在することを発見し、選択したのではないかと想像します。存在しなかったテーマを選ぶなんて凄いことです。大隅さんにしか見えなかったこのテーマは、当然流行とは無縁の、人がやらないテーマだったことになります。科学者にとって、「パラダイムシフト」を起こすことは最高の喜びであると思います。これを成し遂げられた大隅さんは、真の意味で日本の、いや、人類の誇りです。

大隅さんからは何回か「誰かいい人いませんか?」という問い合わせを頂き、私の研究室で学び研究した大学院生の中でとびきりよい仕事をした木原章雄さんと中戸川仁さん(ワンステップを経た人を含めると中戸川万智子さんも)を受け入れて下さいました。無邪気な学生時代の出会いからこのようなプロフェッショナルな繋がり(また“飲ーメル賞”候補となりそうな深夜の会合も)を経験させていただき感謝に堪えません。大隅さんには一つ顔向けできないことがあります。私はモデル生物としての大腸菌を研究材料に使ってきました。酵母と並んで、forward geneticsをはじめとする遺伝解析が容易で、様々な情報が集積しているバクテリアは、生命現象の原理を1個の生物の具体例として研究する優れた実験系となりますが、最近では「下等生物」の研究は重要視されなくなってきています。我々の定年退職が近づいたあるとき、大隅さんから「大腸菌研究の総まとめのような事をして、今後も途絶えることなくこの重要な研究分野が続いていけるように活動をするべきだ」という宿題を頂いていたのです。実際には「21世紀大腸菌研究会」、「グラム陽性菌ゲノム機能会議」などがしっかり活動を続けていますが、私自身宿題にしっかり取り組むことができておりません。大隅さんのノーベル賞に肖って、微生物研究にもより光が当たるようになることを願っています。もちろん、より一般的な意味で、軽視されがちな基礎研究の重要性、人間の知恵を越えた自然の解明には忍耐強い多様なアプローチが必要であることなどを改めて示して下さった大隅さんの快挙の追い風を受けて、この世の中に風穴をあけることができるよう、少しでも精進しなければと思います。

大隅さんには、この騒動が一段落しましたら、またお元気で、酵母や研究室の皆さまと厳しくも楽しい研究を続けられることをお祈りいたします。


(2016-10-21)

日本細胞生物学会賛助会員

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