井上 純一郎東京大学医科学研究所
私は,ロック音楽が大好きである。特に学生時代は,100%頭の中がロックで塗りつぶされていたと思う。ロックに限ったことではないが,一つの曲の中にアドリブ(即興演奏)といって,演奏家が譜面に頼らずその場その場で自由に演奏していく部分がある。私はこのアドリブが好きでしょうがない。私自身ギターを少しかじっていたのでギターのアドリブ演奏についてなら少しは知っている。アドリブといっても曲の進行がある程度決められているので全くのでたらめを弾いても成立しない。したがって,和音の進行を耳で聴きながら感情を音で表現していく高度なテクニックが必要である。アドリブは同じ曲でも各々の演奏家によって全く異なるし,同じ演奏家でも毎回異なるので,聴いている方は楽しめる。この拙文を読んでおられる多くの方は,アドリブと科学といったどういう関係にあるのだろうかと疑問を持っておられると思う。実は,ロックのアドリブにはその人のオリジナリティーという言葉に代表される創造性,性格,生い立ち,知識からその日食べたものまでがにじみ出てくるのである。ところがプロと呼ばれている人も含めて多くの演奏家はあるパターンに固執しているのである。こんなことを書くとほんとうの音楽評論家に怒られるかもしれないが、敢えてこの場はお許しを得たい。そのパターンとは先達が行ってきたアドリブの模倣或いは修飾である。<こういう曲の進行のときには,このように演奏する>という固定概念に基づく演奏である。コンサート会場を満員にする有名アーチストでさえ,このパターンにはまっているのを何度か見たことがある。科学者の世界にもかなり似た側面があると思う。即ち,過去の仕事の模倣とそのバリエーションである。もちろん,各々の場合について事情が異なり,その種の仕事が必要なことは百も承知だし,私自身も模倣ばかりしてきた。しかし,そういう中にあっても,何人かの演奏家或いは科学者がきらりと光る仕事をしてきているのも事実である。このような演奏または仕事に出会ったとき,ほんとうに感動するし,自分に鞭を打つことも出来るのである。幸い私の場合,光を放つすばらしい研究者が私より年齢の若い人も含めてまわりに何人かいらっしゃるのである。だからこそ,私も研究を続ける気になっているのだと思う。私はロックが好きだからこういう考えに至ったのであるが,きっと私の知らないどんな世界でも自分自身を前面に押し出して仕事をする人達は光っているにちがいないと思う。私自身,人を教える立場にもあるわけで,そういう人達にも,いつか光ってもらいたいというのが,もと自称ロック演奏家としての夢である。