加納 ふみ東京科学大学
私が細胞生物学という研究領域に進んだ理由は、「カタチ」とそれを作る生命の「しくみ」に興味があったからかもしれない。それは、イヌ腎臓上皮由来培養細胞であるMDCK細胞内で、GFPで緑色蛍光染色され、ダイナミックに形態変化させているゴルジ体を蛍光顕微鏡下で観察したときから始まったと思う。はじめて生きているゴルジ体を観察したのは、動物細胞への発現を教えていただいた京都大学医学部の故月田承一郎先生の研究室であり、そのときの黒いバックに浮かぶ緑色のゴルジ体は今でも覚えている。そして、ゴルジ体研究に携わった研究者の多くが思ったように、このカタチのダイナミクスは細胞の機能とどのように関連し、そしてそのような分子制御機構が働いているのだろうと思った。さらには、ゴルジ体の形態のダイナミクスが細胞の細胞周期や分化状態の違い、または細胞の恒常性撹乱に依存した膜動過程の総体によって決まることを知り、ゴルジ体の形態が細胞の性状や疾患状態の形態マーカーになりそうだと胸を躍らせたりもした。
GFPの登場以降、光学顕微鏡システムのハードやソフトウェアの性能は急速に改良され、細胞生物学における形態情報の取得は質的に大きく向上した。さらに、生体分子の網羅的解析技術の劇的な進化は,細胞を構成する多様で膨大な生体分子(タンパク質、核酸、脂質、代謝産物など)情報の充実も可能にしている。このように、近年の形態情報と分子情報の質的・量的な充実ぶりに対して、形態と分子情報を結ぶことで生命現象を記述できる解析手法はまだまだ発展の余地がありそうである。実際にこれらの情報をつなぐ際に困難な点の一つは、2種の情報間におけるヘテロさの扱いの違いかもしれない。細胞やオルガネラ形態のみならず、オルガネラのコンタクトサイトなどの超微小形態や、細胞内に一時的に形成される短寿命の高次タンパク質複合体(condensates)が超解像顕微鏡技術を使って単一細胞内で高い時空間分解能を持って検出できるようになり、シングルセルレベルでこれら構造体の僅かな差異を検出できるようになった一方、網羅的解析で得られる情報の多くは細胞や組織を破砕して細胞ごとのヘテロさをなくし、構成成分の種類とその分子存在の平均値を表すものである。これらヘテロな差異を持つ形態情報と(網羅的解析から得られる)平均的であるが定量値が得られる分子情報の利点を最大限に利用して、二種の情報間に繋がりを見つける有効な方法が必要である。
細胞内のゴルジ体の形態に魅了されたときから、私の研究の根底にはいつも、「形態と分子情報をつなぎたい」という想いがあったのだと思う。研究者に成り立ての頃に夢中になった、セミインタクト細胞を用いたオルガネラ形態変化の再構成の研究は、細胞を一個の試験管に見立ててその中でゴルジ体や小胞体の形態変化を、添加した多様な状態の細胞質が持つ生化学反応を使って再現するというものであり、まさしくその目標に向けて行った素朴で直接的な研究であったように思う。そして、ここ10年間で急速に進展した形態解析技術や分子情報取得・解析技術を背景に、我々は現在、光学顕微鏡による大量の細胞染色画像の利点と特質を最大限に活用し、この馴染みにくい形態と分子情報とを「繋ぐ」全く新しい解析法として、共変動ネットワーク解析法・PLOM-CON解析法を開発し、この情報を繋ぐ問題に挑戦している。「カタチ」と「分子」をつなげ、生命の「しくみ」を「ネットワーク」という形で表現できないか? そのようなことを夢想している。